昔作られた専用線と思われる長い林道を進んできた。途中から特殊な車でないと進めない悪路になり、徒歩での到達となった。
熊の出没する地域のためか「すべて自己責任」という看板が設置されていた。入念に準備・装備はしてきたが心細さは拭えない。
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えっ?
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何かがこちらを見ている。
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いやいやいやいや…。
今日は何かが起こるぞこりゃー。
中は伽藍としていた。
床は何かが組み込まれていた跡だ。
一階建てこじんまり。やはりマネキンが気になる。
君はいつからここにいるの?熊さんとか見たことある?マネキンは沈黙している。
この手の施設のコンクリートは大抵が白。積年のグリーンと相まって、静謐な空間を作り上げている。
自身の足音のみが響く、静寂の世界。
木の扉だって素敵だ。がっちり固まって、びくとも動かなかった。
夏はどんな景色になるのだろう。季節は、もうすぐ雪が降る晩秋である。
記載が遅れたが、この庶務炭鉱は1939年に始まった。石炭から石油への国の方針転換もあり、1964年に閉山となったという。
こんな場所でも、少々の落書きがあることが驚き。マネキンがカメラにどうしても写り込む…。
残留物は無さそうだ。
一帯には様々なコンクリ遺構が残されていた。
この土台など何に使ったのだろう。物思いに耽りながらも、熊よけのホイッスルは定期的に吹いている。
さらに奥の建物へ。この丸太は重要だ。水溜まりが多いのだ。
湿地帯であり、ぬかるみに足を取られないよう注意しながら進む。
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ここで
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トンでもないものを
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見つけてしまった
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エゾシカの死骸である。頭部でまだ新しくハエも集っていた。奥に見える赤がそれである。苦手な方もいると思うので写真は一番最後のカーソルの下に載せるので、気になる方はどうぞ。
頭の中には漫画「ゴールデンカムイ」がよぎっていた。
熊というのは餌への執着が凄まじいのだ。横取りされると思われたら大変だ。この場から早急に離れるべく、急ぎ足になる。
また、定期的にホイッスルを鳴らす。熊を引き付ける要因となる食料も一切持たず、自身も食事は控えてきた。
これは何だろう。
年季の入った扉。
貯蔵庫か何かだろうか。ここを探索したサイトが殆どないため、解らないことだらけだ。
この左手の建物を見て帰ろう。
足元には穴。気を付けて…。
ここも何かがあったのだ。撤去の跡、少々の解体の跡も見て取れる。
さぁ、戻ろう。熊鈴リンリン…。
火気厳禁の赤いプレートが落ちていた。他にはホッパー、ズリ山、トンネルなどが残っているらしいけど、今回は帰ろう。森に溶け込んだ廃墟群はどこまでも静かだった。
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エゾシカの死骸です
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頭部だけで、他の部位は見当たらなかった。もし、大々的に残っていたら、秒で退却していた。
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