学生寮ではない。1936年に着工し1957年に完成した小河内ダム建設時のものと推測されるが、詳細は不明。
奥多摩街道から外れた細い小道。道沿いからは平屋建てに見えるが、川沿いの斜面に立つため2~3階建ての構造になっている。
パッと見ただの廃屋。
しかし廃墟好きの間では、なかなかの有名物件なのだ。
刺々しい鉄柵の向こうに奥多摩寮の文字。頭上のランプもいい味を出している。
奥多摩寮は凄いことになっている。
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裏手に
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回ってみよう
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かなり朽ちた状態になっており、一部が既に崖下へ向かって倒壊している。
これはいけない。慎重にいこう。
パタン…。
振り返ると、そこには風情があった。
人為的な破壊ではなく、自然に朽ちてゆく。これぞ廃墟美と言うのだろう。
生活の跡が見える。昭和が滞留している。
あのカレンダーは昭和60年1月。
どこかに風呂場があるようだが、今回は止めておこう。
寮のすぐ側には、馬の水のみ場がある。人々の足が車ではなく、まだ馬だった頃。ここには連綿と続く歴史が息づいている。
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