冠岩集落はこの廃バスの先にある。まだまだ先は長い。
鳥首峠の西側に位置する。この橋を渡りしばらく歩いてゆく。
ロープが見えるだろうか。土砂崩れによる道の閉塞を迂回する用だ。
登山道をひたすら歩く。左側は崖で下には川が流れている。廃村巡りはつくづく一人では危ない。
恐らく熊が剥いだ跡。熊鈴も必須だ。
石垣が見えた!!うっすら家屋の屋根も見えてきた。やったー!!
これは感動的な光景だった。生憎の雨模様だったが、そのお陰で苔が幻想的に照り輝いていたのだ。
秩父の数ある集落の中でも、ダントツで一番奥に位置する冠岩。わざわざ来た甲斐があった。
ここは炭焼きを主とする集落だった。平将門一族が隠れ住んだことに始まるという伝説が残る。現在、原型を保っている家屋はこの一軒だけだ。
あちこちに散らばる昭和の欠片。よく見るとテレビではないか。
手前の家屋は廃一色。
今もぶら下がり続ける照明。隅では、赤い掃除機が暇をもて余している。
奥は実に絵になる家屋だった。まるで絵はがきを見ているような気分になった。この集落はこの一軒しか残っていないが十分に見応えがある。
プーさん。
時計の針は長いこと止まったまま。
台所も時が止まっている。どんなタイミングで終わりを迎えたのだろう。
様々な用途に分けられた鍵置き場。うっすら直筆の文字が残る。
外の光が届かない場所は暗い。
オセロだ。奥には昭和50年代の賞状が多数。名字がKさんで、これは近隣の集落でもよくお見かけした名字だった。
ボタンがない電話。内線だったのだろうか。
石臼だ!!米を曳いて粉にし、お団子を作ったという。因みに大豆を曳くときな粉が出来るという。
腰掛けには、のらくろ。奥ではカセットデッキが佇んでいた。
外には湯船や洗濯機。右側のでかい桶のようなものは何だろう。わからないことだらけだ。
そして…
お目当て登場だ~!!!
バン!
ババン!!
1958年頃に製造されたホンダのスーパーカブc100だ。
証拠。
相棒はハンドル洗濯機☆このタイマーは回すと今でもジリジリ言うんだぜ!!
しっかり大地に立っている所が凄い。何だか勇気をもらえる感じだ。
5000キロ以上は走って来たのかな…?
この周囲にはバイクが走れるような場所はない。きっと昔はもっと広く、歩きやすい道があったということだ。にわかには信じがたいが。
実は他にも仲間がいる。
青い自転車。こちらも倒れることなく、立ち続けて…むしろ埋まっている。
少し離れた場所には、青石塔婆と呼ばれる板碑(いたび)。珍しい造りだ。
お背中を拝見すると…
昔の文字で「昭和32年」
お地蔵様に手を合わせて、山を降りよう。
また会いに来るね!!お元気で!!!
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