広い敷地の中に年季の入った建物が残る。
正体は廃醫院。
立派な木製の扉。待合室の床はベコベコだ。
奥へ行ってみよう。
屋内はシアターのように暗い。それもまた雰囲気を盛り上げている。
ウォータータンクみたいなやつが、こちらを見て驚いている。人は滅多に来ないもの。
天井からぶら下がる照明一つ見ても、十分に主役を張れる。ここは名優揃いだ。
建物は崩壊の一途を辿っている。きっと長くは持たない。
責務を果たしそっと寄り添う椅子。膝元で抱き締める椅子。気の遠くなるほど長い物語はもうすぐ終わる。
↓
↓
↓
隣の部屋には、圧巻の光景が待っていた。
沢山の薬瓶。壮観な眺めに圧倒される。
昔は薬局が無く、全て院内で調合していたと聞く。きっと一つ一つに思い出が詰まっている。
どんな会話をしながら開け、どんな会話をしながら棚に戻したのだろう。患者さんは元気になったのかな。
きっと戦前からの物もある。暗い中、一つ一つ丹念に見る。様々な言語が並んでいる。
↓
↓
↓
隣の部屋。診察室だろうか。
すっかり錆びた診察台。
目を引いたのは卓上の本たちだ。
インターネットの無い時代。知識の主たる媒体は本だった。院長先生の勤勉さが伺える。
この椅子に座ってゆっくりとページを繰ったのだろうか。
厳めしい鉄製ストーブ。全てを知っている顔だ。きっともう戻って来ない主を待ち続けている。
濃厚な時間だった。そろそろお暇しよう。
椅子に別れを告げる。
惜別の思いで、建物の外からもう一度見る。物言わぬ対象であっても、心の会話は決して尽きることはない。
コメント